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マンドラ弾きの日記

身体は楽器の一部であり、楽器は身体の一部である ♪
そんな風になりたい。。。

オケラ・パー練・・・妙に懐かしい響きを感じる。
社会人という環境でパー練というのは、ほとんど困難なものとなってしまった。しかしオケラについてはまだまだ考える余地があるようだ。
そもそもオケラというのは何のためにやっているのだろう。

「調和を作り出すため」

これが究極の目的だと私は思う。
少なくとも普段の練習不足を補う場所ではないはず。
基本は、個人練習がありオケラがあり個人練習がある、オケラで確認した指揮者の意図(これが重要)、自分に足りないところを個人練習で復習する。
そして次回のオケラでは少しレベルアップしているという繰り返し。
これが私の理想。(遥か彼方の・・・)

オケラにおいて、指揮者は自分がその曲をどうしたいのかを奏者に伝えることを最大のテーマとし、奏者がその段階で弾けないことに拘っていては先に進まない。
奏者は指揮者の意図を正しく理解しながら、自分の意思も交えて演奏する必要がある。そしてチェック項目は個人練習により改善していかなければならない(指揮者も奏者も)。

あまり遥か彼方の理想を語っても仕方ないが、そう出来るかよりも、そうしようという意識が大切だ。

先ずは・・・メロディ・和音・リズムを楽しめるレベルになりたい。

音と言葉 (新潮文庫)音と言葉 (新潮文庫)
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フルトヴェングラー

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大辞林で調べると「〔震えるの意〕同じ音や異なった二音を小刻みに反復しながら持続すること。マンドリンなどの弦楽器で特に用いられる。震音。」と記述されている。

トレモロはマンドリンのみならずピックを用いる楽器では良く用いられ、大正琴やクラシックギターでも使われる奏法で、トレモロ練習器なる正しい手首の動きを練習するための道具もあるらしい。

美しいトレモロ奏法の前提には正しいピッキングの技術(基礎力)が必要だ。
スケール練習のチェック項目を満たしていない限り、正しいトレモロが出来ていないと考えていいだろう。(全弦の練習をする?)
右手が正しく機能して初めて細かく均一な(ノイズの無い)トレモロが出来るはず。
更にその右手に左手が連動してレガートな演奏になるはず。
異なった2音の間が途切れることの無いようにレガートに弾く。

ピッチを速く、レガートに(ノイズを少なく)・・・を意識して。

私は必ずしも高価な楽器が良い楽器とは思わない。
確かに秘めたポテンシャルは高く、音色の違いも明らかかも知れないが、自分に合っているかどうか・・・という問題がある。
というのは、同じ人間がいないように、楽器にもそれぞれ個性があるから個性を持った人間との相性というものがあるはず。
自分の現在の弾き方、個性にはそれに合った楽器があるのでは?と思う。

昔、楽器を買えなかった頃に、選択の余地無く与えられた楽器がどんな性格なのか、最高の音はどんななのか、その音を出すにはどう弾いたらいいのか。
そんなことを考えながら基礎練習をするのが楽しみだった。

今、偶然にも巡り会った(買った・貰った・与えられた)楽器を良く理解すること。
その楽器と共に更なる向上を目指すこと。

楽器は自分で育てていくもの。
良く(毎日)鳴らしてあげなければ良い楽器にはならないし、
良い(高価な)楽器も(毎日)鳴らしてあげなければ、鳴らない(響かない)楽器になってしまう。
個性を知り、それに合った弾き方をすることが大切。

楽器は毎日よく響かせて鳴らしてあげること、そして素直な子に育てよう。

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