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マンドラ弾きの日記

身体は楽器の一部であり、楽器は身体の一部である ♪

スケール練習で徐々にスピードを上げていくと、ピックが弦に当たるスピードもだんだん速くなる。
ある速さを超えると、良く有りがちな「弦を押す」という弾き方から「弾く(はじく)」という弾き方に変わって行くのを実感出来る。
この違いは劇的な変化だ。「おっ?って感じ」
是非一度感じてみる価値はある。(容易では無い・・・私も忘れかけているが・・・)

スケール練習のもう一つの良い点は力を抜いて弾けるようになるということ。
力が入っていると弦の抵抗が大きくなり、当然スピードも上がらない。
速く弾くためには力を抜くことが不可欠。
ピックを強く握らずに大きな音も出せるように。
この辺りを意識して練習することが基本技術の向上に繋がる。
しかもこの練習により速いピッチのトレモロも可能かも。(基礎力が上がるから)

どういったポジションでスケール練習するかは先ずは考えなくていいだろう。
ポジションはそにうち自然に考えるようになるはず。
最初からどういう意識でやるかによって大きな違いが出る。
意識の問題だから、闇雲に速く弾いても意味は無い。

チェック項目

○ピックが弦に斜めに当たっていないか?
 斜めに当たっているとピッキングでもトレモロでも ノイズが発生する(擦れる雑音・羽音?)。

○右腕のストロークの中心に弦があるか?
 均一なピッキング・トレモロを生む。(アップダウンでのムラは聴き難いです)

○音が途切れないように!
 右手と左手の動きが一致していないと音がブツブツ 切れる。(音楽じゃない)

○音色はどうか?
 自分の音を良く聴く。(聴いて愕然とする)

最初の段階としてはこんな感じ。
自ら意識してスケール練習していれば自分の抱えている問題が自ずと分かるはず。

余韻を大切に、自分の音を良く聴いて。

「自分たちがやっているのは音楽なんだ」という意識。
音楽そのものが楽しいものだから、やっているだけで楽しいというのは確かだ。
しかし弾ける曲が増えたほうがもっと楽しいのは明らか。
自分が出来る幅が広がったほうがいいに決まっている。
ということで向上することが無駄なわけが無い。

例えば仕事で・・・あまりしたくない話ですが・・・
本人は一生懸命朝早くから夜遅くまで働いて、疲れて、本当に仕事をした気になっている。
でも一生懸命やって、その結果疲れた・・・といことが仕事をしたということにはならない。
仕事は結果だから。

音楽も一生懸命弾いて、その結果心地よい疲れを感じて、ビールを飲んで満足して。
確かに「自分の楽しみ」としては満たされている。
でもそれは別に音楽でなくてもいいことかも知れない。

では音楽も結果がすべてだろうか?
音楽は楽しいかどうかが最も重要ですから、「それでいいんだ」という考えも否定はできない。

結局何が言いたいかというと、「十分楽しんでいるかも知れないけど、でももっと弾けたらもっと楽しいんじゃない」ということ。

向上することは楽しい。

演奏会の選曲は難しい問題だ。
弾く側を優先するのか聴く側を優先するのかというバランスの問題もあるが、アマチュア団体では前者の要素が大きくて構わないと思う。

要は演奏者が楽しめるのかどうかが最も重要なテーマではないだろうか。
と言うのは簡単だが、では演奏者は何を持って楽しいと感じるのだろう。

音楽の3要素であるリズム・メロディー・ハーモニーといっても感じ方は人それぞれだし、これも組み合わせの問題。
曲のレベルも演奏者の技術的向上心や音楽的興味を満足させられるのかという問題が付き纏うが、それも人それぞれ。

結局は自分たちの全体としてのレベルを含めたいろいろな要素のバランスとしか言いようがないか。

選曲に悩むのも音楽の楽しみのひとつだろう。

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